Claude Opus 5とKimi K3へ、それぞれ同じように「ブラウザで遊べるリアル志向のFPSゲームを作って」と依頼した。
細かな仕様はほとんど渡さず、実行時間はどちらも一時間程度。モデルが自分で実装し、ブラウザで確認しながらループを回して、どこまでゲームとして完成させられるかを見た。
結果として、二つのモデルにはかなり異なる個性が出た。
Opus 5は、正しいものを完成させる力が強い
グラフィックはOpus 5が作ったもののほうが綺麗だった。形状、質感、物理的な挙動を一つずつ確認し、破綻している部分を直しながら、もっともらしいFPSへ近づけていく力は圧倒的に強いと感じた。
「銃を持って歩き、敵を撃つ、リアル志向のFPS」という仕様を、技術的に正しい形へ収束させる。ループの中で問題を発見し、完成度を上げる能力は高い。
ただ、先に進んだときの姿を想像すると、グラフィックが綺麗で物理的にも正しいFPSにはなっても、面白いゲームへはまだかなり距離がありそうだった。
操作できること、正しく動くこと、見た目が整っていることと、もう一度遊びたくなることは別である。Opus 5は前者を強く詰められる一方で、後者を作るための判断があまり見えなかった。
Kimi K3は「何がゲームとして面白いか」を知っている
Kimi K3が作ったものは、Opus 5ほど写実的でも、細部まで物理的に整っているわけでもなかった。
しかし、遊ぶとこちらのほうが面白かった。
敵との距離、視界の開け方、移動した先に何があるか、撃ち続けたくなるテンポ。個々の要素の正確さより、それらをどう組み合わせればゲームとして気持ちよくなるかを理解しているように感じた。
現在Worksに掲載しているFPS ARENAは、Kimi K3が作ったゲームをベースにしている。その後Grokである程度手を入れ、最初の生成から合計五時間程度で、自分でも普通に楽しく遊べる水準まで持っていけた。
これは「綺麗なFPSを生成できた」というデモではなく、短時間で遊びとして成立するものを作れたという点が重要だった。
東京マップで見えた実務上の弱さ
Kimi K3版をベースにしたゲームへ、Opus 5で新しい東京マップも作ってみた。
ここでは、Opus 5の別の弱さが出た。東京という土地や文化に対する解像度が粗く、配置や景観には記号を並べたような雑さがあった。実装もそのまま採用したいと思える状態ではなかった。
ゼロから目に見えるものを立ち上げる力は強い。しかし、題材の背景を読み、既存のゲームへ馴染ませ、実際に遊び続けられる品質まで持っていく仕事では扱いにくさが残る。
現在のTOKYOマップは、Opus 5版をそのまま使ったものではない。Kimi K3で大幅にリファクタリングし、地形、見通し、移動経路、戦闘のテンポを作り直したものになっている。
モデルごとに、完成の定義が違う
今回の比較は厳密なベンチマークではない。一回ずつの試行であり、プロンプト、ツール、ループの設計によって結果は変わる。
それでも、モデルが何を「完成」と捉えているかには、設計思想の違いが表れているように思う。
Opus 5は、与えられた対象を観察し、矛盾を減らし、物理的・技術的に正しいものへ収束させる。Kimi K3やFableは、多少の粗さを残しても、人間がどう受け取り、何を面白いと感じるかを優先する。
前者は仕様を満たすものを強く作れる。後者は、仕様に書かれていない体験の目的を拾う。
ゲーム制作では、正しさは面白さを支えるために必要だが、正しさを積み上げるだけでは面白さにならない。少なくとも今回のFPS制作では、Kimi K3のほうがその違いを理解しているように見えた。
モデルを選ぶとき、能力の高さだけを見るのでは足りない。何を完成とみなし、ループの中でどの方向へ品質を上げようとするのか。そこまで含めて、仕事との相性なのだと思う。