もう、コーディングエージェントのために細かなハーネスを作らなくてよいと思っている。
どのモデルがベンチマークで一番強いかより、思いついた瞬間に仕事を渡せるか。途中でこちらの判断が必要になったとき、どこからでも返事ができるか。最後にブラウザや実機で確認し、終わった状態まで持っていけるか。現在のコーディングエージェントは、モデル単体の性能より、その前後を包むUXで選ぶ段階に入った。
汎用ハーネスは、標準機能へ吸収される
ハーネスエンジニアリングという言葉はかなり広い。Piのようにモデル、ツール、セッションをつなぐエージェントランタイム自体を作ることも、Hikizanのように既存エージェントへ作業の境界やオーケストレーションを足すことも、特定の業務だけを深く実装することも含まれる。
このうち、汎用エージェントをもう一度外側から細かく制御するハーネスは、ほとんど作らなくてよい。読むファイル、使うツール、検証順、出力形式まで先回りして固定しても、モデルが自分で組める範囲はすぐに広がる。本当によい仕組みなら、近いうちにCodexやCursorの標準機能へ取り込まれる。現在のコーディングエージェント自体が、ツール利用、コンテキスト管理、検証、サブエージェントといった知見を製品側へ吸収してきた結果である。
細かな手順を作ることより、生のコンテキストを十分に渡せることのほうが価値は高い。対象のリポジトリ、実際の画面、ログ、資料、過去の判断がそのまま見えるなら、モデルは仕事に必要な進め方を自分で組める。人間が先に手順へ圧縮するほど、言語化できなかった関係や例外は落ちていく。
価値が残るのは、その業務を本当に知っている人が作る、狭くて解像度の高いハーネスである。Construction AI Platformでは、汎用エージェントの核にCodex App Serverを使い、Driveの原本と業務画面から生のコンテキストを渡している。その外側で、根拠座標、確認待ち、人の承認、監査、失敗からの再開を、画面、状態、Schema、テストへ固定した。価値があるのはCodexの思考手順を作り直したからではなく、建築業務で何を見せ、何を間違えてはいけないかを実装できているからである。
モデル提供者が知らない会社固有の業務、権限、失敗条件まで実装できるなら、そのミクロなハーネスには意味がある。逆に、誰にでも当てはまる賢い進め方を作っているだけなら、保守する期間より標準機能になるまでの期間のほうが短い。
大きな仕事を分解するオーケストレーションにも意味はあるが、最初から基盤を作る必要はない。感覚的には、仕事の95%くらいは、コンテキストが新しいサブエージェントを必要な数だけ組み合わせれば足りる。固定した仕組みを作るのは、同じ分解と統合を何度も繰り返すと分かってからでよい。
権限、秘密情報、課金、削除、監査、再現性のように、失敗をモデルの判断へ委ねられない境界も残る。そこはプロンプトではなく、サンドボックス、認可、hooks、テストで守る。これはモデルを賢くするハーネスではなく、事故を仕組みで止めるための境界である。
Macを開く場所すら考えなくなった
普段はMacでCodexを起動している。外にいるときはChatGPTのスマホアプリでRemoteを開き、そのMacで動いている仕事へ続きを話す。
Codexのモバイル連携では、スマホから新しい仕事を始め、進行中のスレッドを確認し、承認や方向修正を返せる。作業対象がMac内のプロジェクトでも、Remote SSHで接続したdevboxでも、同じように外から続きを進められる。
MacでCodexを動かしておけば、どこにいても思いついたときに仕事を渡し、必要な判断だけを返せる。音声入力の精度も高いので、考えていることをスマホへそのまま話せばよい。文章を整え、対象のフォルダや正しいスレッドを探してから依頼する準備がほとんどなくなった。多少雑に話しても、こちらが開く場所を厳密に選ばなくて済むように、必要な文脈を拾って作業をつないでくれる感覚がある。
これはおそらく、セッションやフォルダという単位を利用者へ意識させない方向への途中だと思う。今はまだエージェントの過程が見え、必要なら人間が介入できる。しかし、どのスレッドを開くか、どのエージェントへ渡すか、どの作業ディレクトリで始めるかという判断は、認知負荷として少しずつUIの裏側へ消えていくはずである。
コンピューターを使えることは、モデルの点数より大きい
ChatGPTとCodexを選んでいる大きな理由は、コンピューターユースとブラウザユースが明確に使いやすいからである。
最近、Vercelに載せていたサイトをCloudflareへ移せるものから移している。設定の一部はAPIやCLIだけで完結せず、ダッシュボードを開き、対象を確認し、画面上で操作する必要があった。その部分もCodexへ任せたが、少なくとも自分が手で画面を探して操作するより速かった。
コードを書けるだけでは、この仕事は終わらない。管理画面を開き、現在の状態を読み、必要な項目を選び、変更後の画面と公開結果を確認するところまでが仕事である。CodexのコンピューターユースはMac上のアプリを見て、クリックし、入力できる。アプリ内ブラウザも含め、コードの外側まで一つのループで扱えることのほうが、モデル間の数ポイントの差より実務では効く。
もちろん、権限変更や削除、課金のような操作を無条件で任せたいという話ではない。重要な境界では承認が必要である。そのうえで、人間が画面操作だけを肩代わりしなくてよいことに価値がある。
Macを使わないなら、素直にクラウドへ渡す
Macを起動したくないとき、ローカル環境から隔離したいとき、複数の仕事を並列で進めたいときはCursor Cloud Agentsを使えばよい。
Cursor Cloud Agentsは、エージェントごとに分離された環境で作業し、スマホから起動できる。画面、動画、ログで結果を確認でき、必要ならリモートデスクトップも操作できる。Cursorのモバイルアプリからは、クラウドの仕事だけでなく、自分のコンピューターで動いているエージェントも扱える。
Cursorを開発するAnysphere自体がここまで明確にクラウドエージェントへ寄せているなら、隔離用VM、環境構築、並列実行の仕組みを自分で作り直さず、そのまま乗ったほうがよい。
xAIもGrok Buildに、複数セッションをまとめて扱うAgent Dashboardや、独立したサブエージェントを並列実行するWorkflowsを追加している。各社の実装は同じではないが、人間が一つのターミナルへ張り付き、逐次指示する形から離れている方向は共通している。
デザインも、モデルより参照資料で決まる
参照資料を探す作業も、自分ではほとんどやらない。PinterestやInstagram、既存のWebサイト、映像、スクリーンショットをエージェント自身に掘らせ、見つけた資料をそのまま読ませる。こちらが先にムードボードを作らなくても、何を参照し、今回の目的へどう変換するかまで続けて任せれば、たいていのモデルでかなりのところまで進められる。
デザインは、モデルの中にある平均的な正解だけで作るものではない。何を見つけ、どこをよいと判断し、今回のプロダクトへ何を残すかによって決まる。モデル選びへ時間を使うより、エージェントが参照できる世界を広げたほうが結果は変わる。
ここでも必要なのは、専用のデザインハーネスではない。資料を探せるブラウザ、画像と画面を読める視覚能力、実装したものを自分で開いて直せるループである。参照は模倣の許可ではないので、権利や目的の違いを見て変換する判断は残るが、最初からデザインをMarkdownへ圧縮して教え直す必要はない。
モデルの差は、曖昧な依頼で出る
仕様と終着点が明確なコーディングなら、モデルはもうかなり何でもよい。普通の実装は、速くて十分に強いGrokで困る場面も少ない。GPT-5.6 Solのように仕事を広げすぎたり、必要以上に作り込んだりするモデルも、Codexのeffort levelを下げれば調整できる。
モデルの強さが出るのは、まだ形になっていないことを曖昧なまま投げたときである。そこから可能性を増やし続けて発散するのか、意図を拾い、必要な検証を挟みながら一つの終着点へ収束させられるのか。この差は、仕様が決まった実装より大きい。
Claude Fable 5は、何を作るべきか、全体をどう解釈すれば面白くなるかという仕事に強い。GPT-5.6 Sol Proは、曖昧な依頼でも途中で投げず、検証しながら終着させていく感覚が強い。個人的にはSol Proのほうが好みだが、出力はFable以上に遅く感じる。これはベンチマークではなく、自分の仕事で使ったときの印象であり、速度とのトレードオフである。
仕事を連れてくるのはコネで、差になるのは好奇心と審美眼である
モデルを比較し、プロンプトを磨き、エージェントが迷わないように手順を増やしても、次のモデルやアプリの更新で一瞬にして不要になる。技術的に作れるかどうかは、もう差になりにくい。
仕事が来るかどうかは、誰とつながっているか、必要になったときに誰から思い出してもらえるかで決まる。かなり乱暴に言えば、仕事を得られるかどうかはコネである。その入口で自分から示せるものも、使っているモデルやハーネスではない。どのような背景、経験、立場を持つ人なのかという属性と、その対象をどれだけやりたいと思っているかというモチベーションくらいである。
仕事が始まったあとに差になるのは、何を面白がって掘るかという好奇心と、集めたものから何をよいと判断するかという審美眼だと思う。実装はエージェントへ渡せても、どこに目を向け、どの状態をよしとするかは、普段何を見て、何を経験しているかに残る。
汎用ハーネスを自分で作り直すより、長いものに巻かれておけばよい。そこで浮いた時間で外へ出て人と会い、知らないものを見て、好奇心と審美眼を養ったほうがよい。
作業のほとんどが画面の中で終わるようになっても、人生が動くのは、物理世界で誰かと居合わせたそのタイミングだけなのかもしれない。そこだけは、たぶん変わらない。